作家になるブログ

陶芸作家と小説家を同時に目指す人の雑記

夢を叶えるために必要なのはアウトプット

 『作家になる』という目標を達成する上で、今の僕にとって一番のネックになっている問題。

 それはインプットに対して、アウトプットが圧倒的に少なすぎるということです。

 

 気づけば、YouTubeのノウハウ動画や、amazonのノウハウ本を漁るように検索している。しかし、得た知識の中の何割を実践しているかというと、恐らく1割にも満たないでしょう。

 精神科医でありブログ・YouTuberなどで発信をするインフルエンサーでもある樺沢紫苑先生によれば、アウトプットとインプットの黄金比は7:3だそうです。

  対して僕の現状は1:9。

  そんな少ないアウトプットでは『作家になる』という結果を実現することはできないでしょう。

 僕がブログに挑戦しているのは、そうした点を改善したいからです。

 

 とは言え、アウトプットにも良し悪しはあります。 

 例えば、この記事にしても、自分のことばかり書いていますが、これでは読んでくださった人の役に立つ記事にはなりません。

 自己満足な、他人に読まれるという目線の欠けた記事を書いてもやはり夢は叶わない。

 というわけで、まずは「夢を追いかけて勉強しているけれど中々結果に結びつかず悩んでいるという人に向けて樺沢紫苑先生の『アウトプット大全』をおススメする」という体で、この記事をリライトしたいと思います。リライトしたものは明日上げる予定。

 今の自分は、人に価値を提供できるレベルではない。

 それが分かったなら、まずはどうやればその域にたどり着けるのか、試行錯誤と練習です。

 何事もこつこつと、牛歩で積み重ねることが大事。

 では、また明日。

 

アフィリエイトでおすすめするものの基準

 

 三日坊主では終わらない。連続4日更新達成だ!

 と、喜んだ次の日にさっそく更新に穴が開きましたが、気を取り直して5記事目です。

 

 今回は念願のアフィリエイトに挑戦してみたよ、というお話です。

 今までに二回ブログの毎日更新に挑戦し挫折しましたが「アクセスを稼げるようになってからじゃないとアフィリは意味ないだろうな」という変なこだわりから、実際にどうやってアフィリに登録するかという部分に関してはノータッチでした。

 今回は方針を変え、とりあえずなんでもやってみることに。

 

 色々調べた結果、まずはハードルが低そうな楽天アフィリエイトを使ってみることにしました。 

 実はYouTuberの両学長に触発され、楽天のポイントせどりをやっていることもあり、楽天はヘビーユーザーです。

 さっそく購入履歴から何か人におすすめできそうなものを探していみると、過去の自分がかなり無駄な買い物をしていたことに気づきました

 無駄使いは主に結局あまり着なかった洋服、メンタリストDaiGoにおススメされて買ったけどほとんど読まなかった本など。

 あとは娯楽と割り切っていたけれど、電子書籍のマンガも自分が思っていた以上に大量に買っていたことに気が付きました。

 

 使ったものは仕方ない。昔の自分が浪費家に見えるのは倹約意識が芽生えた証だ、とポジティブに考えることにしましたが、もう一つ思ったことがありました。

 それは「結局、自分が挑戦しようとしているアフィリエイトという仕組みも、他人に必要なのか必要でないのかいまいちよく分からないものを買わせる商売だよな」ということです。

 まぁ、ぶっちゃけ生活必需品以外のものを売るあらゆる商売がそういう面があるのでしょうが、その視点は何をアフィリでおすすめするかという基準になりました。

 つまり、せめて自分がちゃんと買ってよかったなと思えるもの、無駄にならず使えているものを人におすすめしよう、と。

 

 というわけで、初めてのアフィリエイトでおすすめするのは、下記のコンパクト財布セットです。

 

 まぁ、ぶっちゃけリスキーさんというガジェット紹介系のYouTuberの方の動画をそのまま真似して買っただけなんですが……。

 


www.youtube.com

 

 ただ、おすすめできるというのはマジな話で、キャッシュレスを多用するけど最低限現金も持っていたい方におススメな、コンパクトでちょうどいい容量の財布セットになります。

 特にいいのはコインホルダーで、これがあるおかげで常に最適解で小銭を出すことが可能になりました。

 無駄にならない買い物というのは、こういう買った人間の行動をいいほうに変えるものなんだな、としみじみ思います。 

 

 

負けパターンに気づく

 

 実を言えば、ブログに挑戦するのはこれで3回目になります。

 1度目はぜんぜん分からないワードプレスに手を出して、レンタルサーバーまで契約しましたが1か月持たずに解約。2度目ははてなブログで始めましたが、やはり半月ぐらいで更新は止まりました(このアカウントもそのとき休止していたものの再利用です)。

 そんなこんなで、今回は3回目の挑戦。

 連続4日更新達成で、何とか3日坊主は回避しました。

 投げ出したときにかっこ悪いことになるので大きなことは言いませんが、前回よりは続けられそうな予感はしています。

 

 思えば、今までは「自分もブロガーになって稼いでやるんだ」と、かなり衝動的かつ目標高くブログをやろうとしていたように思います。

 ブログをやっているインフルエンサーのYourubeを見て、それに感化されたのがきっかけでした。小説執筆歴だけは長いので、文章を書くことに自信があったのも後押ししたと思います。

 つまり、挑戦によって得られる結果をかなり高望みしており、自分に課したハードルも高いという状態でした。これは明らかな三日坊主の負けパターンです。

 

①モチベーションの全力アクセルで新しいことに挑戦

②すぐに結果が出ない、その割に作業自体は難しいので続けるのが苦痛に

③モチベショーンが枯渇し、やめる

 

 ブログに限らず、20代の僕はこのような失敗法則を延々に繰り返していた時期があったように思います。

 おまけに当時は色々仕事が忙しく、そもそもブログを書く時間を確保することが大変な状況でした。一番の敗因はそこでしょう。

 コンディションの悪い状態で新しいことに挑戦して秘めた力が覚醒するのは漫画の主人公だけです。

 心のどこかで、僕は思い通りにならない人生の一発逆転を期待していたのでしょう。

 

 30歳を過ぎて、僕は結果への期待感や、自分の能力へのハードルを下げるということができるようになった気がします。

 夢を追いかけるというスタンスは変わっていませんが、成功(夢が叶った状態)の規模は縮小しましたし、今一番優先していることは『夢を追いかけられる状態を維持すること』です。

 一発逆転なんてしなくても、今のままで十分幸せかもな。

 僕のような人並み外れた才能や情熱のない人間が夢を叶えるのに必要なことは、案外そういう身の丈に合った人生を送る覚悟を決めることだったのかもしれません。

 心に余裕がなければ、地道な努力には耐えられないものですから。

 

 

 

  

 

『ココナッツミルクたらこパスタ』と『刺激の数』の話

 

 実家暮らしで、8割は自宅で完結する仕事をしているので、よく両親の分と合わせて昼食を作ります。

 我が家の昼食は麺類が多く、僕の担当はパスタ。

 前にTBSのジョブチューンでやっていた、たらこパスタにいココナッツミルクを入れるというお手軽レシピを試したところ美味だったので、最近は月に1、2回のレギュラーメニューになっています(父がカレー作りにハマっているので、タイカレー用に我が家はココナッツミルクを常備しています)。

 

 今日の本題(?)は普通のタラコパスタと、ココナッツミルクたらこパスタとどう違うの、という分析です。

 たらこパスタだけでも十分おいしいんです。魚介系のしょっぱさとたらこの粒々した触感。そこにココナッツミルクが加わることで、タラコの触感は失われますが、しょっぱさがマイルドになり濃厚なクリーム感が加わります。触感で言うとどちらかというとカルボナーラに近い。

 ジョブチューンのメニューでは、そこにパン粉とニンニクを刻んでバジルを加えた『イタリアンふりかけ』を加えます。これがサクサクした触感でいいアクセントになる。

 それぞれのパスタを食べた人が受け取る刺激を整理すると以下のようになります。

 

(たらこパスタ)=(たらこのしょっぱさ)+(たらこの粒々感)+(トッピングのきざみのりの香り)+(パスタそのものの触感)

 

(ココナッツミルクたらこパスタ)=(たらこのしょっぱさ)+(ココナッツミルクのクリーム感)+(イタリアンふりかけのサクサク感)+(イタリアンふりかけのバジル・ニンニクの香り)+(パスタそのものの触感)

 

 正確な名前は忘れましたが、ジョブチューンのレシピを作ったのは1流レストランで働くプロの料理人の方です。

 科学的にいうと人間の脳というのは『刺激が多いと楽しい』と感じるらしいですが、料理にもその原理は適応されるのだと、ココナッツミルクたらこパスタを食べながら考えました。

 たらこにココナッツミルクを加えることでクリーム感をプラスし、その代わりに失われたタラコの粒々感をイタリアンふりかけのサクサクで補い、なおかつ本来のきざみのり1種に対してニンニクとバジルという2種の香りでアクセントを与えている。

 結果として、元のたらこパスタより刺激の数が多くなって、おいしいと感じる。

 

 では、この原理は小説とか陶芸とかに応用できないだろうか。

 既存のものにいろんな刺激をプラスして、新しい『楽しさ』を作りだす。ただし、別の素材をプラスしたことで失われる刺激もあるから、そこを補うように……。

 結局はバランス感覚の話なので、試行錯誤や経験は必須でしょう。理論だけでいいものができるというほど簡単な話ではない。

 ですが、自分の作品を分析・改善する上で、刺激の数という視点は結構役に立ちそうです。

 また、「脳科学的に人間は刺激の数が多いほど楽しいと感じるようにできているから、この作品では~」みたいな説明をする陶芸家とか小説家はけっこう珍しいので、人に見てもらうためのアプローチとしても悪くはないかも。

 

 というわけで、ココナッツミルクたらこパスタ、おすすめなので一度作ってみてはどうでしょうか。

 

 

 

現代人に『置物を飾る』という文化を提案するには

 

 過去に2年ほど、石川県にある置物素地を専門に作っている窯元で働いていたことがあります。

 

 九谷焼研修所という伝統工芸の後継者を育成するための養成所を卒業した直後のことでした。

 石川県の九谷焼と言えば、上絵付の技法が特徴的な焼き物です。

 たいていは食器に絵付けをするのがもっぱらで、恐らく九谷焼に置物のイメージを持っている人はそれほど多くはないでしょう。研修所を出た後の進路に関しても、絵付けをするか、ろくろなどで絵付けをするための器を作る素地師になるかのどちらかという固定概念が業界の中にもあったように感じます。

 

 そんな中、僕がどうして置物屋さんを就職先に選んだかというと、立体造形がしたかったからでした。

 筆を使う絵付けも、器を作るろくろも楽しいとは思いましたが、一生かけて極めるとなると何か違う。子供のころからプラモデル作りに熱中していたので、やっぱり形の入り組んだものをちまちま作るのが自分らしいなと考えました。

 

 ところが、この置物というのが商売としては中々難しい。

 置物というのは、和室の床の間や玄関などに飾られるのが普通ですが、現代の住宅はそうした『置物専用スペース』の確保を考慮した設計にはなっていません。

 加えて、そんな現代的な住宅様式で育った若い世代にとって、置物を置くという習慣自体が馴染みのないものになっています。

 そんな人たちに何千円とか何万円とかする置物を買ってもらうというのは無理があります。

 

 実際、僕の勤めた窯元でも、主力商品は手のひらサイズの招き猫の素地でした。

 金沢などの観光地で売られているミニサイズの招き猫です。置物本来の『縁起を願って飾る』という目的のためではなく、あくまで土産物です。『見た目が可愛いから』

『価格や大きさが手ごろだから』という理由で買う人がほとんどでしょう。

 

 時代の変化もあるので、そうした仕事自体は否定するつもりはないです。

 また、板いっぱいに並んだ小さい招き猫をひとつづつ仕上げていく、というのも作業としては性にあっていました。

 

 ただ、同時に思ったのが『かわいい土産物』に出せる価格の上限には限界があるな、ということでした。

 安くて量のある仕事をずっとやっていても楽にはならないし、そういう状態が普通になれば、世間の人たちは置物というのはそれだけの価格、それだけの価値しかないものだという認識になってしまうのではないか。そんな危機感がありました。

 

 そういうわけで、作家として独立の一歩を踏み出した今、『現代人に置物を飾る文化を提案する』ということを僕は目標に掲げることにしました。

 

 問題は、何がどうなったら『置物を飾る文化をお客さんに受け入れてもらえた』と呼べる状態になるのか、というところです。

 それは『置物ってそもそも何のために飾るの?』という本質論にも繋がってきます。

 

 招き猫の例に話は戻ります。

 お金やお客さんを呼ぶといわれる招き猫ですが、元々は魔除けの意味があったそうです。

 招き猫の場合の『魔』という観念的なものではなく、倉庫の中の農作物や蚕を食い荒らすネズミのことです。昔は今ほど猫の数が多くなく、ネズミ除けの猫を飼える家は限られていました。だから代わりに招き猫を置くようになったわけです。

 昔は今と違って便利な殺鼠剤などはありません。汗水垂らして作った農作物が、いつのまにかダメになるということは多かったでしょう。

 そうならないよう神頼みで祈るしかなかった。それ以外の手段がなかった。

 招き猫という置物が誕生した背景には、当時の人々の切実な願いが込められているように僕は感じます。

 

 伝統的な置物文化と、土産物の置物を分けるのはその『切実さ』だろうな、というのが僕のアイデアです。『リアルさ』と言い換えてもいいかもしれません。

 それは平和で便利な世の中が長く続いたことで、日本人の中から失われていったものなのかもしれません。ありがたいことに、店先に招き猫を飾る信心深い方は今も多くいらっしゃいますが、昔の人と同じ『切実さ』がそこにあるかというと違うでしょう。

 コロナで会社が倒産かけたときに政府の補助金を期待する人はいても、招き猫に祈る人はいないでしょう。

 

 なら、現代人が『切実さ』を持って祈ったり願ったりしていることを、置物に込めてみたらどうか。そうすれば『置物を飾る』という文化はアップグレードできるのではないか。 

 僕はそう考えました。

 

 夢を叶えるには、目の前のことを地道にこつこつやっていくしかない。

 お金がなかったり、心身の健康を崩したり、自分の能力に限界を感じて、心がくじけそうになるときもある。

 でも、細かいパーツを組み合わせるプラモデルのように、少しづつ、丁寧に、今の自分のできることをこなしていくのが大切だ。

 

 そんな願いが込められていると見る人に伝わる置物が作れたとしたなら、現代人の感性に響くでしょうか。

 『切実さ』『リアルさ』を感じ取ってくれるでしょうか。

 僕は可能性はあると思います。

 まだ、時間はだいぶかかりそうですが、少しづつ形にしていく予定です。

 

 

 

ずっと作家を目指してましたし、この先も目指します

 

 こんにちは。dOYo/龍宇治です。

 

 妙なハンドルネームですが、dOYoは陶芸作家、龍宇治は小説家として活動する際の作家名です。

 年齢は今年で32歳。陶芸家は28の時から、小説家は11歳のときから追い続けています。

 ですが、志望歴の割にはプロとしてひと様からお金を取れるようなものは作れておりません。両方の分野で実績はほぼゼロ。

 そろそろその点を何とかしようと思い、宣伝の一環というか、まず誰かに自分の活動を知ってもらおうとブログを始めた次第です。 

 

 目標は趣味50%、商売50%のような感じで、長く細く、休み休み複業的に2つの作家活動を続けていくことです。

 どちらの道もプロとして食っていくことを目指して入りましたし、やっぱりここまで続けてきたのだから『お金になる』ことにはこだわりたいのが本音です。

 が、『食ってくために商品を作ることに追われ続ける』というのは、どうやら性に合っていないようで……。

 なので、どうせここまで中途半端で来たのだから一生中途半端で行くのもいいか、と考え前述の意識低めな、都合のいい感じの目標を立てました。

 というか、この年齢になるとすでにかなり開き直っていて『最悪結果なんて出なくていいじゃん、自分の行きたい方向に歩けてるだけで上等な人生じゃん』という思いもあります。

 

 下手な鉄砲数打ちゃ当たるという言葉もあるので、もしかしたら10年後とか20年後とかには、どちらかの道でそこそこ有名な作家になっているかもしれません。

 そうでなかったとしても、10年20年と好きなことを細々と続けることができたなら、それは正しく『好きなことをして生きていく』という状態でしょう。

  

 という感じで、このブログはマイペースに『作家になる』ことを目指す人の人生実況中継のような雑記になると思います。

 もしかしたら誰かの暇つぶしや、『こんな生き方もあるよ』という参考になるかもしれません。

 よかったら読んでいただけると嬉しいです。